グロ家の人々
 ミッシェル・グロ (Michel Gros) のヴォーヌ・ロマネ・クロ・デ・レア (Vosne-Romanee Clos des Reas) 1999 は美味しかったと今でもときどき思い出すが、ブルゴーニュの世界には『グロ』と名のつく作り手さんがたくさんいて、特にワイン初心者にとっては、どのグロがどれだかさっぱりわからない。そこで、ミッシェル・グロの家系をちょっと調べて整理してみた。下の家系図を見ながら読んで下さいね。

 ミッシェル・グロの父があの有名なジャン・グロ (Jean Gros)、祖父はルイ・グロ (Louis Gros)だそうだ。ジャン・グロは知っていても、ルイ・グロを知っているオールド・ファンは少ないだろうな。元々グロ家としては、アルフォンス・グロと言う人から始まったらしいが、現在のグロ家はルイ・グロが築いたらしい。そのルイ・グロが1951年に他界して4人の子供が畑を引き継ぎ、やがて3つのドメーヌが誕生する。すなわち、ジャン・グロ(Jean Gros)、フランソワ・グロ(François Gros)、さらにグロ・フレール・エ・セール(Gros Frere et Soeur)で、グロ・フレール・エ・セールは、ギュスターヴとコレットの共同経営だった。因みに、フレール(Frere)は兄弟で、セール(Soeur)は姉妹だから、英語ならば「Brother and Sister」になる。コレットはグロ・コレット(Gros Colette)の名前でもワインを出していた。
 その後、フランソワ・グロは、娘のアンヌが成長して一緒にドメーヌを支えることになり1988年アンヌ・エ・フランソワ・グロ(Anne et François Gros)と改名、さらに1995年フランソワの引退で娘の名前だけのアンヌ・グロ(Domaine Anne Gros)になる。また、このアンヌはドメーヌ・トロ・ボー(Domaine Tollot-Beaut)のジャン・ピエール・トロに嫁いでいる。
 一方、ジャン・グロは3人の子、ミッシェル(Michel)、ベルナール(Bernard)とアンヌ・フランソワーズ(Anne Françoise)に畑を引き継ぐのだが、グロ・フレール・エ・セールのギュスターヴとコレットが独身で子供ができなかったので、その分をベルナールが引き継ぐ形になり、結局、ジャン・グロの子は3つのドメーヌ、すなわちミッシェル・グロ、アンヌ・フランソワーズ・グロ、グロ・フレール・エ・セールをそれぞれ経営することになった。本家はどれかとなれば、やっぱりミッシェル・グロでしょうね。でも、畑の多さや家の豪華さではベルナールが一番だと言われている。
 と言うことで、一番紛らわしいアンヌ・グロ(Domaine Anne Gros)とアンヌ・フランソワーズ・グロ(Domaine A.-F.Gros)は従姉妹どうしだが、ドメーヌとしてはまったくの別物だとわかる。アンヌ・フランソワーズのワインラベルには本人の顔が描かれていて、それを見るととてもきれいな女性だ。(例えば、コレ!
 因みに、アンヌ(Anne)とアンヌ・フランソワーズ(Anne Françoise)は女性で、フランソワ(François)は男性。フランス語を知っていればなんてことはないのだろうが、知らないと何ともヤヤコシイ。
 さらに、アンヌ・グロ(Domaine Anne Gros)とアンヌ・フランソワーズ・グロ(Domaine A.-F.Gros)のフラッグシップ・ワインはと言えば、どちらも「リシュブール」だからまたまた混乱の元だ。
 おまけに、アンヌ・フランソワーズ・グロ(Domaine A.-F.Gros)は、ヴォルネーからポマールに移ったドメーヌ・パラン(Domaine Parent)のフランソワ・パラン(Françoise Parent)に嫁いで正式にはアンヌ・フランソワーズ・パランと言う名だが、ドメーヌ名はそのまま。夫の方はドメーヌ・フランソワ・パランとして独立。さらにさらに、夫の元の、ドメーヌ・パランはカトリーヌとアンヌ(また出てくるアンヌだがこれも別人)と言う姉妹が経営しているってことで、もう何がなんだかわからない。

The Gros

戻る



ナフナフのワインアルバムナフナフの旅アルバム

Copyright(C) 2000-2007 ナフナフ(nafnaf), All Rights Reserved.