ナフナフのフランス旅行:ヴェルサイユ宮殿2

ヴェルサイユ
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王妃の居室 (Appartement de la Reine) に来ました。マリー・アントワネットも住んだ部屋です。19人のフランス王子の出産もここでとりおこなわれました。
現在の部屋の様子は、マリー・アントワネットの前のルイ15世の王妃マリー・レシュチンスカの様式に復元されているのだそうです。

左: 王妃のベッド
当時は足を曲げて寝たので奥行きがこんなにも短いのだとか。
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ルイ15世 Louis XV 1710‐74
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大会食の間
王と王妃が夕食を摂った大会食の間ですが、のちに劇場として利用されたそうです。肖像画がたくさん飾られています。

右下:熱弁を振るう我らのガイドさん、『こちらがマリー・アントワネットですサ〜!ハイ、さくら組(日本人のこと)さんは次ぎ行きますサ!』(なぜか言葉の最後の「・・サ」が耳に残るのです。)
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ここでマリー・アントワネットの生涯を簡単に勉強しておきましょう。

王妃マリー・アントワネット (Marie‐Antoinette) 1755〜1793年
フランス国王ルイ16世の王妃です。オーストリアの女帝マリア・テレジアの娘としてウィーンに生まれ、1770年にフランスの王太子に嫁ぎます。4年後の1774年、王太子は即位しルイ16世、マリー・アントワネットは王妃となるのです。王政を我が物にしたルイ16世ですが、1792年8月10日の民衆蜂起によって王権を剥奪され、王妃や子供らを含めた国王一家は幽閉されます。そして1793年1月、国民公会で賛成387票、反対334票で死刑判決が可決され、現在のコンコルド広場(革命広場)でルイ16世はギロチンで処刑されるのです。その年の10月16日、王妃マリー・アントワネットもギロチンで処刑されてしまうのです。その時、王妃はまだ38歳の若さだったとのことです。
戴冠式の間 (Salle du Sacre)

ダヴィッドが描く『ナポレオン1世の戴冠式』の絵です。絵の大きさに感嘆します。ルイ・フィリップ王が注文した作品で、ルーヴル美術館にもあります。ルーヴルに展示されている絵と較べると、左端に並んだ女性達のひとつのドレスの色が違っているとの事。でもよく見るとその他の細部も微妙に異なっていますので、見比べると面白いですよ。
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左: 最後に「ナポレオン1世」が飾られていました。



宮殿の建物を出て裏手に廻ると、左下の写真のような感じです。この建物の2階部分が『鏡の間』で、右下の写真は中央を拡大したものです。この中があんなに絢爛豪華な部屋だとは外観だけからではちょっと想像できないです。
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ラトゥーヌの泉と大運河

アポロンの神話をテーマにしたアポロンの泉(ラトゥーヌの泉)にはカエルが飾られていて、これは村人がカエルにされたものだとか。その向こうには長さ1,650mの大運河グラン・カナル (Grand Canal) が拡がっていて、その途中で小運河プティ・カナル (Petit Canal) が交差して十字形になっています。運河の右(北方)側一帯に、グラン・トリアノンなどの離宮があるのですが、宮殿の中だけで疲れてしまったナフナフは行きませんでした。ちょっと、残念。
ここが、ヴェルサイユ宮殿の入口の門です。門の上には大きな家紋がついていますね。
ちょっと訳の分からない、それでいて流暢な日本語を話すガイドさん。埼玉に6年間住んでいた事があるそうで、「窓際族」などの日本語を操ります。ガイドさん、ちょっと分りづらい説明?ありがとうございました。(笑)
と言うところでヴェルサイユ宮殿のツアーも終了でパリに戻ります。
ヴェルサイユ

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